ある晩、私は家に一人でいた。家族は皆、それぞれ用があると言って出かけていたのだ。特にする事もなかったので私は部屋で本を読んでいた。いつになく外の景色が暗く感じて、いっそ不自然なほどに静まり返っていた。何だか普段とは違う、そんな違和感を感じていた。そんな中、突然、部屋の中に不気味な声が響き渡った。
「もう良いかい?」
私は驚き、声の主を探そうと部屋を見回したが、当然誰もいない。
「もう良いかい?」
声はますます大きくなり、私の耳に響き渡る。
一体誰!?恐怖が私の心を包み込んだ。
「もう良いかい?」
私の恐怖心など知らぬとばかりに何度も同じセリフをを問いかけられた。しかし、私には答える余裕がなかった。
「もう良いかい?」
思わず私は部屋を飛び出し、外へと逃げ出した。しかし声は追いかけてきて、どこからともなく聞こえてくる。
「もう良いかい?」
私は必死に逃げながら、声の主に何度も「まだ」だと答えようとした。しかし、声は止まることなく続いている。
「もう良いかい?」
走っても走っても声は追いかけてくる。どれだけ走ったのか、もう限界だと座り込んでしまった。上からも下からも横からも後ろからも声が聞こえてくる。この声の恐怖に支配されてしまった私は、もう自分自身を鼓舞することはできなかった。
そして、声の主が現れた。
それは私の前に立ちはだかり…
「ねぇ?もう良いかい?」
つるりとした顔に裂けんばかりの大きな口をした、その得体の知れない声の主は、冷笑しながら私を見下ろす。もう体力も精神力も尽きていた私はなすすべもなく、その存在に従うしかなかった。
そして私は声の主と共に闇の中へと消えていった。
私という存在は永遠に失われ、ただ声だけが残された。
「ねぇ、もう良いって言ってよぉ!」